![]() |
|||||
|
|
|||||
![]()
SHERRYの歴史及び作り方!HP小さな樽との180日 日記 近日公開 ![]() 2005年元旦 明けましておめでとうございます。 今年からがんばって樽日記を書こうと思いますが、恐らくその前になぜそんなことを しなくてはならないのか! ット言う説明が必要なのに気づきまして、それには「小さなsherry東京ストーリー」が先だろうとゆうことにもなり、そちらの方からにさせていただきます。ちょっと長くなりそうですが、よろしくお願いします。 SHERRYと葉巻 ![]() いやーsherryと葉巻、sherry Blandyと葉巻等の相性には素晴らしい物があります!人によっては、テキーラが良いとか、ギムレット、マールがいいとか色々でしょうけど。自分は好みの葉巻というよりも、葉巻のコンディションによって全然味が違うんだなーと昨今驚いております!つまりコンディションさえ良ければ何でも吸えるかなー程度の初心者なんです! 15年位前には紙タバコを喫煙しておりましたが、大風邪ひいたのをきっかけにエイヤーとやめてしまいました。ところがですね、頻繁にスペインに行くようになって、なんとか地元のオトッツァンと交流が持ちたく言語の足りない部分を埋める手段に、おごりタバコに気がついたのでした! スペイン人はよく喫います! 女性もまず喫います! そして男は火をよくつけます! 女性がタバコを咥えたらまず誰か点けます! JEREZの街の夕暮れ、市場からビジャマルタ劇場に降りる石段に座ってシガリジョを喫ってると必ずタバコある?と、老若男女に声掛けられます! あるよ! と気前良く一本差出し火も点けてやる! これでコミニュケーションの入り口は完了です! どっから来たの? 日本! 何しに来たの? ボデガの仕事! でもフラメンコも好きなんだ! 今日地元のアーティストのペーニャがあるけどくる? 行く! はずす事もありますが、素晴らしい物に出会う事もあります! てなわけでスペインでは喫煙家になりますが、ハードな食事の後の一服はやはり至福であります。帰って来ても洋メシ後に、たまに葉巻をゆっくり楽しんでます。店でもお客様に楽しんで頂きたいのですが、なんとうちのスタッフにタバコアレルギーの子がいたのと、店が狭いとのことでほどほどにさせていただいております! 置き葉巻も基本的にご用意してませんのでお持ちくださいませ! よろしくお願いします! 葉巻も巻があまっかったり、乾燥してたりだと、とんでもなくむせるだけの代物になってしまいます! 安い物でもないのでケースで買う様な時は注意が必要です! この前購入した所でその辺しっかりしていただいたので、そこのHPご紹介します! スタッフの方々は九州男子・山口男子を中心にナイスガイでシガーのスペシャリストでした! CIGAR HP SHERRYと塩豆 最近塩豆をこれなんですか? と、聞かれて、 このまま食べれます! 皮も剥かなくて平気です! などと平然と説明できるようになりましたが、ちょっと前までは何ゆーとんの? という感じでした! 思えば数年前に、雑誌の編集してる妙齢な知人の女性に鯨が哺乳類だって知ってた? と聞かれた時におもわず息を飲んだことがあります! かくゆう私も、JR駅に秋の行楽もみじ狩りとかかるポスターを頭の中でずっとうやむやにしてて、ある時じっくりポスターを読んで、これは間違いなく食べることとは無縁だと人知れず確認できたのは、20代も後半のことでした! 葉っぱ見に交通費を使うという価値観がまだ想像できなかったのかも知れません! ですから 少し若い方が塩豆食べたことがなければ知らないのは当然なのであります! まずおやつに出す家もないわけだし。それでは知らない方のために、塩豆の製法およびSHERRYとの正しい食し方、そして当店のそのこだわりなどをご説明したいと思います! まず塩豆のご紹介です! ![]() 左が塩豆で右は豆の皮を剥いて割ったものです! 材料はエンドー豆だとおもわれますが、種類が大きく分けて2種類あるように思います! よくこのての豆屋さんの物で大変高価な硬い豆と、当店でお出ししてます比較的サクサクしてる物です! 前者の物では以前に歯が欠けたこともあり、現在はサクサク物にしております! 硬い豆は少し小さいようですが、恐らく豆の種類が異なるか製法のせいだと思われます。 作り方がなかなか素晴らしく牡蠣の殻を粉末状にして豆と一緒に炒るらしいのですが、その塩加減たるや料理の究極の塩梅であり、自分の料理の目指す所でもあります! スペインにもこのような酒アテにヒマワリの種がありますが、塩がきついのと殻剥きが面倒なわりに中身がチットしかありません! 駅の売店やバルなどにも必ず置いてあり、 立ち飲み呑べえがひっちゃきで剥いております。 バルでは豆の殻などや紙ナプキン、肉の骨、海老の殻などはバンバン足元に捨てるので、昔はよく下の床がひっ散らかってる所を見て店の良し悪しの判断基準にしてました。 散らかってる所の方が客が多くてオイシイからですが、 現在は少し行儀良くなってしまったようです! 全体的に スペインの味付けも以前よりはしょっぱくなくなってきてるし、塩豆はヘレスのボデガの人達にも好評でした! 最近マドリッド辺りのクラブで太巻きなんかがあるようですが、以前は海苔は絶対に誰も食べなかった! 情報やら寿司屋の進出であれも食べ物かと認知されたのは、喜ばしい事であります! つづく 東京sherry story2005年1月更新 1 JEREZ-XERES-SHERRY 1987年9月に南スペインの町、ヘレスに行かなくてはと決めたのは、ダフゴードンの ニーニャと言うsherryの真為を確かめるのが大きな理由でした。ヘレス・デラ・フロンテーラはアンダルシア地方カディス県の小さな町ですが、地場産業のシェリーを世界中に輸出しているところから飛行場も整備され、地元のロマの人にも仕事が供給される所から安全で、外からのものを受け入れる余裕があるように思います 又、ヘレスサーキットはF1・モトGPなどの開催で名を馳せております。sherryは実 は英語読みでスペイン語ではVino de JEREZ、ヘレスのワインと原産地名で呼ばれます。86年より銀座でシェリー専門のBARをまかされての事で、ニーニャ(小さな娘)は少し甘く、女性のお客様に人気のアイテムでした。ある時、出版関係の方が当時ホテル・オークラでソムリエをなさっていた桑山為男氏をお連れになり、何杯目かにニーニャをオーダーされました。「どうやらこのシェリーはダメですね」と言うのが桑山氏のニーニャへのコメントでした。私もHOTEL時代バーテンダーの経験があり、ティオペペなどは定番のように扱ってましたがシェリーが傷むという認識がなく、将に青天の霹靂!何がダメなのか?まだダメな物がメニューにあるのではと、いてもたってもいられない衝動にかられてしまったのです。(ヘレスに行かなくては)。 マドリッドから空路で1時間。ヘレス空港は小さく、空の青さと大地の白さが目に痛いほどで、乾燥した空気が気持ち良く暑さを感じさせません。プレハブの搭乗出口あたりで乗客のビジネスマン同士顔見知りらしく、迎えの車がくるまで談笑しているのを見かけ、皆ボデガ(シェリーの造り酒屋)の関係者と思われました。アポイントを取っていたペドロドメック社のオジサンが出迎えに来てくれてまして、私の稚拙な英語と、オジサンの怪しい英語とでまずは葡萄畑に向かう事になりました。 「あの、ダフゴードンのニーニャってシェリー知ってる?」「わかんねぇな」「あっそう」 「どっかでかえないかな?」「うーちの酒のほうがよかんべ」とまあこんな会話で、誰に聞いてもニーニャには辿りつきませんませんでした。空港からドメックの畑まではカリサと言う石灰質含有量豊富なアルバリサ土壌の、真っ白な丘陵がつづきます。 気持ちの良い風に乗ってラベンダーの香りが一杯でした。sherryに使用される葡萄品種の生産量は95%が白葡萄パロミノで、残り5%が白葡萄ペドロヒメネスとモスカテルです。後の2品種を甘口に仕上げ、パロミノは全て辛口に仕上げます。 東京新聞掲載 後日談 ダフゴードンのニーニャはOSBORNEという牛のマークで有名なプエルトデサンタマリアにあるシェリーメーカーが、恐らくイギリス・アメリカ向けにて作成したブランド名で 中身は当社の10RFというオロロソのミディアムタイプだったと思われます。このように自社ブランドを販売戦略で、その国の消費者が分かりやすいネーミングにするという事は、おうおうにして行われているようであります。そしてその状態はといいますと、よくいうパサード(過ぎている)ということであったと思われます!壜詰めされてから長い月日を経た為に酒精低下が起こり、濁りも出てきてたのだと思います。これまでの私のシェリー販売(おいしいといわれる物)で、このパサードほど問題になってきたことは他にありません。パサードはいい事も悪い事もあり、sherryのような醸造酒において、濁りですら必ずしもNOではないのです。 2 F1 JEREZ はじめてシェリーの原産地「ヘレス」でドライシェリーを柄杓(Venencia)でベネンシアドールにコパに注いでもらった時の事は今でも忘れられません。ドメック社のベネンシアドール、アルフォンソ・オルベーロ氏は1969年第1回イギリスフェアーにsherryのデモンストレーターとして訪日されました。当時の写真は若き日のションコネリーをもっとソリッドにワイルドにしたような伊達男ぶりで、sherryを大胆に横に切る様は豪快で美しいものでしたが、1987年では立派なオトッツァンになっております。自分も試行錯誤でベネンシアの扱いを練習していたのですが切る所がうまくいかなく、アルフォンソに何回となくタイミングを教えてもらいました。ボデガからの帰り道、車中で落ち込んでると「どうしたんだ・具合でも悪いのけ?」と、案内のおじさん。「樽のシェリーとボトルのとではずいぶん味が違うね・」「・・まぁそりゃすかたねぇなー・樽のフロールが元気だからねゃー」まさにヘレスの産膜酵母(フロール)は色々な花の香りに満ちていて、味は穏やかな白ワインの中に深みがあり東京で飲んでいた物とは別物でした。sherryをお客様に「おいしい」と言ってもらうにはどうしたら良いのか? このことは私の大命題であり、その事を中心に店の造作・料理のなども考えます。別物で勝負していくハンディーをこの時強く感じ現在も格闘中であります。{sherryを薦めてゆけるのか?}夕方、葡萄畑に立つと丘陵伝いになんとも気持ちの良い風が吹いてきます。柔らかで爽やかでいい匂いで、少し湿気があるのか昼の厳しい暑さが潤います。葡萄も気持ち良さそうでここで育ったワインを東京で飲めることは奇跡であり、シェリーを飲んだ時この風を感じてもらえたら最高です。週末にヘレスサーキットでF1グランプリが開催され初めて観戦に行ったのですが、連日の深酒がたたり眠りこけ、気がついたらすでにレースは終了。表彰式の歓声だけが澄み切った空に唸ってました。 東京新聞掲載 3 納豆 de JEREZ スペイン・アンダルシア・ヘレス(シェリーの原産地)での滞在は毎回1週間から10日前後のもので、時間もないことから頭3日ぐらいは仕事モードで飛ばす事となります。当たりをつけて東京からアポイントを入れたボデガ(貯蔵庫)巡りが中心なのですが、訪れているうちに奇妙な事に気づかされました。着いた間際に入るボデガの感触と、なじんだ頃に行く感触に違いがあると思えたからです。そして、それは各ボデガによっても反応が異なりました。ヘレス街中にあるボデガ・エミリオ・イダルゴは、入った瞬間にイーストの芳しい香りに包まれ「遠―くからようきんしゃった!早うお上がり」と、云われたようなWell
comeに満ち、気持ちも高揚し試飲も際限なく飲めるような気がしました。しかし次の日、Gボデガでは体の動きがかったるくなり、ドブ臭く「何すぃにきたんだ!この納豆やろー」と、怒鳴られたような拒否の感じが満々。眠気で少しの試飲もままならず外に出ると、眼が覚めたように何でもないのです。ある時期のEボデガなどは、体調も良く風邪でもないのに入室するやいきなり咳きこみはじめ、宿でも寝入りっぱな大音響で咳きこむので大顰蹙をかったこともあります。しかしその感覚は到着2日目迄が顕著で後は段々と和らぎ、帰る頃会話にアンダル訛り特有の語尾にノを付けられる頃にはどのボデガに入室しても違和感はなくなります。マア生来成りきり体質ではあるのですが・・知人の3ヶ月ヘレス滞在・フラメンコ勉強女性とペドロドメックの時計下のCAFEで会った時などその変貌ぶりに驚かされました!初夏から夏にかけての乾燥で、お顔が2/3になってしまって小顔になった分皺が**?風土は何にも増して強くそれに逆らうことの無意味と、その広い懐に飛び込め受け止められたときの満足感は格別です。帰国後私に運ばれたヘレスのアイレ(空気・風土・ヘレス菌)は、1週間程店に留まり静かに風土(東京)に吸収されてゆきます。その間私はヘレスとの別れを惜しみつつ、又逢える日を楽しみに日常に戻ります。シェリー屋 ベネンシア 内藤武城 4 ヘレスのBLACK&WHITE 最初のヘレス旅行から数えて何回目かの再訪は5月の春祭りを目前に控えた時期で、ヘレスの街中がお祭りの準備でそわそわしていました。この頃から宿は、フラメンコダンサーちゃちゃに紹介されたカジェ・モレーノスのHOTEL St.Andresが常宿 になっていました。ここはかわいいパティオがある風呂共同のオスタルと、風呂付のオテルがありますが私は、なんと言ってもオスタルがボニートでお勧めです!だいたいの部屋が中庭に面してをり、アンダルシアの春から夏にかけては乾燥しててシャワーで充分なのであります。 ![]() ![]() ![]() 又屋上は物干しになってるのですが、 HOTELのシーツやら枕カバーなどがいっぱい干してあり洗濯物の匂いが妙に落ち着くし、 そこからの眺めが将にアンダルシアで異国情緒満点! 遅い朝飯はこの屋上で気持ち良いそよ風にあたりながら、近くの乾物屋で買ってきた 堅いパンにチーズ・ハモンなどを挟んでボガディージョにし、オレンジジュースで流し込むというのが定番であります。 遠くでパコーと澄み切った人の呼ぶ声が聞こえたりすると、 アアーヘレスに来たな と実感するのであります。 エアフランスで14時間・シャルルドゴール空港に早朝 まだ暗いうちに着いてトランジットで手荷物を持って ウロウロ4時間あまりすることもなく、薄ら寒い・薄らぐらい中、アフリカ系の人やらが床に寝そべったりしているのを横目にみながら 心細いトイレで取りあえず顔を洗い、歯を磨く。 鏡の顔は油浮きまくり、しかも機中の乾燥やらで逆に浮腫んで、目が腫れぼったい! しかし緊張で目は鋭くなっている。AM8:00位からやっとcafeなどが開き始め、 前回のを取っといたなけなしの フランで温かいコーヒーを飲み飛行機に乗る。マドリッド バラハスの空港にはAM10:00頃には到着、懐かしいオイリーな匂いのなか預けた荷物が無事出てきますように祈るような気持で 搬出出口を凝視! その間後ろの両替所で20000円位チェンジ、デカイマレータに手荷物もってタクシーの運ちゃんと久しぶりの片言スペイン語で南行き駅アトーチャに向かう。 ここは南国に向かう駅として観葉植物なども豊富で風情があるのですが それゆえ目隠しになってる場所も多くあり、盗難や強請りなどにあった日本人も少なくなくココデトイレに行こうものなら荷物全部持って大便ように入り、 閉まらないドアに紐かけて手で開かないように引っ張りながら、 たまに何事かと覗き見るスペイン人に睨み効かせながら行う大苦行! ですからナイロン紐はスペイン旅行には、欠かせません! タルゴでセビージャ・サンタフスタに到着するのは待ち合わせなのでPM1:00頃。カディス行きの急行に乗るのに小1時間かかり、その間に売店でセルベッサでオープンサンドなどを流し込む。ヘレスまでの1時間車窓からアンダルシアの平原を堪能する。だんだんカンも戻ってきたりする。子供が不思議そうに前の椅子から身を乗り出してこっちを見ていたりするので少し余裕が出てきた所で おどけてオカシな顔などしてみると (お母さん変なおじさんがいるよ) きれいな横顔の母親はマレータに付いてるマドリッド行きの札を見て (遠くから来た方の、じろじろ見たりしたらダメよ)と、ハスキーな声でやさしく嗜める。ヘレスに近づいたことを感じる。ヘレスのタイル張りのエキゾチックな駅に着くのがPM3:15頃、 シェスタ中か静かでタクシーもなかなか来ない。まぶしい! 30分位するとようやく1台現る。 カジェ モレノス ディエス オテル サン アンドレ ポルファボール シィ!マリアと何泊して幾らにしてくれるか 交渉! 成立そして部屋・これを今まで何回やったか遠くで数えながら爆睡・PM10:00に小便に起き近くのバルでフリットとセルベッサ! うっうまーい! そして初のFINO! ううっチビル! しかし、すぐ帰ってまどろんで寝る。外の話し声から大阪に居るのと勘違いし、夢の中でどこにいるのか分からなくなる。 そしてAM11:00頃起床! 幸せな朝を向かえ、JEREZの滞在が始まる。アアアーヘレスに来たな!! 全てが報われる瞬間であります。 宿の洗濯場が ある屋上にあがるとTHEアンダルシアの白い屋根が見渡せ、いやがうえにも旅情が盛り上がります。JEREZの街中はいたる所にSHERRYだけを飲ませるバルがあり樽から売る所やボトルから売る所など様々なのですが、TAPASなどはなく SHERRYオンリーなのです。 JEREZでの滞在は毎回1週間から10日前後のもので、時間もないことから頭3日ぐらいは仕事モードで飛ばす事となります。当たりをつけて、東京からアポイント入れたボデガ巡りが中心なのですが最初の頃は苦労しました。時間感覚・距離感覚・も異なる異人の地で、こちらも地理・言語がままならない状態において遠回りはあたりまえ、肛門が縮み上がりっぱなしでしたこともない便秘に陥り、いい歳こいて自分のふがいなさに人知れずベッドを濡らすという愚行。聞く人に俺の方がまだいけるっと、えもいわれぬ幸福感に包まれる事実が展開されるのです。2006年1月更新 アンダルシアでは5月の気温が日中40゜を越すことは普通なのですが、湿気の多い夏に慣れてる私どもは、この暑いけど日陰の気持ちよさに踊らされやっと来た異国の地に興奮し、アドレナリン満々で昼日向いきなり歩きまわるという愚行に陥りやすいのです。この時のボデガ巡りも約束の時間をすでに30分過ぎてしまってました。来るはずのバスが来ず、町に到着してもシェスタか人影もまばらでタクシーも見ないありさまで、道に迷ってしまったのです。さてそれらしいボデガに辿りついてはみたものの入り口が見当たりません!1周600Mはあろうかと思われる壁の回りを2周半はしたでしょうか、無常でした。東京で聞いた電話番号に電話するには遠くの目の向こうにあるバルまで小走りで10分はかかってしまう。今のように携帯電話など及びもつかない時代でした。「ウー。ウー」あのヨーロッパ特有の呼び出し音!!ハッキリと嫌いです。「クチャ・デガメ」男の人の声:たどたどしく「そちらはボデガAですか?」っと聞くと、なんといってるのか分からないほどまくしたてられ、しかたなく「違うのですね」というと、「シィ」っと静かに電話が切れた。突然自分がえらく喉が渇いてることに気つ゛き、セルベッサで仕切り直すことにする。「ウナ・カーニャポルファボール」一気に飲み干す。うっうぅまぁーい。そしてもう1っパイ。やっと人心地ついたところでもう1っ回だけ電話することにした。繋がってくれよー!約束の時間からすでに1時間半経過してしまった。「クチャ・デガメ」やばいよ!さっきの声だよ! 案の定倍の大きさと早さで声は切れ、置いた受話器が一瞬歪んだ気がする。40゜を超えるドピーカンの中、水も飲まず帽子も被らず。乾いた風で実はすさまじい陽光を浴びている事を忘れさせられている事に、脳はイカンとスイッチを入れ替えたのだ。2006.2.6更新 東京sherry story・ヘレスのBLACK&WHITEはブログ で公開更新します! よろしくお願いします。 ![]() |